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解禁!「殿方」の話題
認知症介護【50】
ケアマネージャさんが交替の挨拶にこられ、帰った後、寝ていたババが台所に来た。「
お茶にしよーか?」「そうだネ」お茶とお茶菓子を準備した。

「
あ、これは源氏だね〜〜。食べちゃだめだねえ〜」とババ。えっ?そうか、出したのは「源氏パイ」だ。でもなぜ食べちゃだめ?うぅん・・あ、ババは平家の子孫だって言ってた。「平家だから?」「
そうだヨ!アハハ」笑いながら美味しそうに食べ始めた。私よりババの方が頭の回転が早い。
ババがクスクスと笑いながら「
実はここのところ、同じ夢の続きをみるんだよ。で、ねぇ、田中さんっていう人と結婚することになってねぇー。」「えェー〜〜〜!」「
お父さんがね、うちは今何か行事があったり、手が必要なときに人手が足りないから、あの人なら申し分ないって認めたんだよ。」「お義父さんはどうしたの?どこに行ったの?」「
あれは・・関係ないよ。きっと私はまだ独身なんだろうヨ」「ふ〜ん・・で、その人どんな人?かっこいい?」ババが横を向く。フフフと笑い続ける。「どこの人?何をしている人?」「
そんなことまで出てこなかったよ」
以前ババがまだ若かった頃の話をしてくれたことがある。ババの兄弟は男が3人、女2人である。ババにはお姉さんがいる。そのお姉さんとババはまるで対照的だったそうだ。お姉さんは頭がよく、学校でも優等生で習字なども綺麗でいつも教室の壁に貼られ、家庭的な手作業も得意だった。お姉さんは農業は全くできず、嫁いだ先での田植えで引き抜いた苗にたっぷりついている土を振り落とすことも知らず、周りの人に笑われたほどだったのよとババは話す。それに比べババは頭は悪く、お姉さんの妹だからできるだろうとの見方をする人を落胆させ、花嫁修業的手仕事(料理、裁縫等)は全くできず、ひたすら男のごとく農作業をしていたそうだ。
そして母親にも「お前は何もできないからね」と言われていたという。今のババの言い分は「
自分の子どもにそんなことを言うもんじゃないねぇ、本当にそうだと思って自信をなくしてしまうヨ!」ババの場合、母親にそう言われ続けてきたせいもあって、自分は料理と家庭的なことは何もできないから結婚なんて考えることすらできない人間なのだと思い込んでいたという。そのため、当時ほのかな想いを抱き、気になっていた人がいたが、とてもお付き合いなど考えられなかったという。その人は学生の頃、道を歩く時も本を読んでいるようなまじめな人で・・・とババは言っていた。今改めてその人のことを聞いても「
誰だったかねぇ?」というので真偽のほどはわからないが、ババの青春時代は「恋愛」とは無縁だったようだ。
男性のことをオープンに言うこともなかった。私が嫁いできてからオープンに同じ年頃のお爺様とくっつけようと冷やかしたりするのでババも慣れてしまい、食堂で同世代のお友だちを同じように冷やかしたら本気で怒ってしまったそうだ。
ところで、我が家の近くに畑があって、たまにそこで働くお爺さんを見かける。ババに時々言う。「あの畑のお爺さんとババが一緒になったら、いずれあの広〜い土地は私達の物になるよ!ババ、頑張って!」「
私はいいけど、あちらはどうだろうねぇ?あんたが行って聞いてみて!」で、その畑の横を通る度にお爺さんの話題になる。ババはそう思っていないが、どうみてもお爺さんの方が「かなり」若いので気の毒だが・・・。
2006年04月07日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:4
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ババ様は、私の祖父と歳が近いです。なんだかその時代の女性は「女は楚々とするように」と育てられる時代で、わりかし中身は飛んでいて、お茶目なところがある方が多いようですね。私の祖母も母よりは男性についてユーモラスです。ババ様はきっと若い時、元気をもらえるような賢い女性だったのかしらと私の想像はふくらんでしまいます

。
前回の内容ですが、私の姑は脳出血から痴呆と失語があるのですが、定期的に意識レベルが急に落ちてしまう事の要因を知りたくて、さまざまな事を試してみましたがわからず、脳神経外科では「これだけの脳のダメージからして、手足を動かす事のできるほうがまれです」と言われました。しかし、今日笑っていたと思うと、急に意識レベルが下がり、目もうつろにボーっとし続ける。なんとか、座位が保てるようにとリハビリをしても無駄。義母は昔統合失調症をやっていたのでもしかしたらそれが何か関係があるのかと精神科にも連れて行きました。主人は統合失調を認めたがらずそこをつなげて言うと怒り出すので、周囲の方に協力してもらい何とかごまかして連れて行きました。が、「脳をやっているから、意識が遠くなるのは仕方が無いでしょう?口もしゃべれなければ、痴呆の診断もできないし、何を診てほしいのですか?発作は起きていないのでしょう?」といわれ専門知識も無い私は、そのまま帰ってくるしかなかったという事がありました。
なんだか、一人でしている事が虚しくなってやりきれなかったのを覚えています。
今は、訪問看護の看護師さんを頼りに、見よう見まねでできる限りの身の回りの世話をして、「ダメならその時!」と割り切って見ています。
本人ではないから、少しどこか変化があっても、どこかにシグナルが現れないとわからないのですよね。悪戦苦闘は続きそうです。
ちーちゃんさん、私へのお返事は気にしないで、ブログの更新を優先してくださいね。楽しみにしていますから。
makikoさんへ
>本人ではないから、少しどこか変化があっても、どこかにシグナルが現れないとわからない
makikoさんは「脳出血後だから」で済まさず、失語症のお母様の立場に立って、その心身の訴えを一生懸命聞こうとなさってきたのですね。医学的なことはわかりませんが、周囲の家族のあり方で患者さんの予後は大きく変わってくると思います。まして訴えることのできない場合はなおさらそうかも知れません。
私自身はババの異変を何度も見過ごしてきてしまいました。(^_^;)
ババの場合、話すことはできますが、どこか調子が悪くてもわからなかったり、「何ともない」と答えることがあり、こちらが意識して気をつけないと見過ごしてしまいます。赤ちゃんを見守る母親ってこんなんかなァと思ったりします。(^^)
【2006/04/08 06:10】
| chicyan [
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おひさしぶりですう、ツナです。
「源氏パイ」は平家はダメですか。
だったら私は食べれるかな・・・

「ババ、頑張って!」
しかし、チーさんとババ様の会話すごいですね。
「頑張って」って・・・
【2006/04/08 10:14】
| ツナ [
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ツナさんへ
「頑張って」って??ですよネ。動機も不純ですし・・・。(笑) ツナさんはババよりう〜〜んと若いからツナさんも「頑張って」下さい(^_^)v
【2006/04/08 20:26】
| chicyan [
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