[介護ROOM-認知症の介護&憩いのひととき-]HPへ
平和への想い
認知症介護【43】
ブッシュ大統領が自身の任期中、米兵の撤退はないという見通しを述べた。小泉総理は日本独自の判断で自衛隊の撤退を判断するという。
WBCに出場した選手団が優勝を手土産に帰ってきた。日本中が湧き、私ももちろん熱狂した。ただWBCの決勝の相手がキューバになった頃から私の頭には「戦争」という文字が浮かんでいた。自由にスポーツを楽しめる国に相反して、政治的理由で外出もままならぬキューバの選手団。そしてイラク戦争を始めたブッシュ大統領の発言。日本は本当に日本独自の判断で撤退を決めることができるのだろうか?
結婚後一度だけババの甥夫婦と私達家族で舞鶴を訪れた。ババの夫である義父がシベリアから帰ってきた地である。戦前、戦時中ババは食べていくために必死で郷里の家を守ってきた。ババは戦時中空襲から逃げる途中、あわや被弾しそうになったこともあるという。戦争体験者なのだ。そして戦後もまた苦労を背負っていくことになる。義父は足が不自由だったのでその治療の為、やむを得ず家族は現在の地に移り住むことになる。入退院を繰り返す義父に代わり、54歳でこの地に来たババは慣れない仕事をしながら家族を支えてきた。慣れない環境、経済的な面、その苦労は並大抵のものではなかった。それを見ている義父もつらかっただろうと思う。
亡き義父が戦地に行って体験したこと、それを具体的に聞いたことはない。義父は無口で我慢強い方だったという。夫は義父が口づさんでいた歌を教えてくれた。「海ゆかば」、悲しい調べである。

海ゆかば
水漬くかばね
山行かば
草むすかばね
大君の
辺にこそ死なめ
かえりみはせず
戦争を体験していない私に義父の気持ちを推し測ることは決してできない。ただまちがいなく戦争は深い悲しみをもたらす。イラクに平和がきてほしいと願う。そして日本で自衛隊の帰りを待つ家族のことを思う時いつも心が痛む。
2006年03月23日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:2
▲ページトップに戻る