認知症(脳梗塞後)介護の体験記。
認知症の進行予防・楽な介護が目標です!
★はじめに★ブログ開始にあたって
「嫁・姑」と「ありがとう」
2006年9月10日、起きてきたババが開口一番に「ユキオを田舎から呼んで!今後のことを相談しよう。」と切り出した。私を思いやってのババの気持ちもわかるが、度重なるババの言葉に、この時私は「切れて」しまった。ババの耳元で「そうですか!わかりました。そんなに私が嫌いなら私が出て行きます。お母さんを追い出すわけにはいかないですから。はい、わかりました。もう後のことはユキオさんやヨシキと相談して下さい。」イライラして、言ってはいけないことを口にしてしまった。
ババは少しうろたえ、沈黙の後、「そんな・・・嫌いだなんて思ったことは一度もないよ。こんな自分でも・・チーだからこそ・・・チーとだからこそ、一緒に暮らせたのだと思う。この歳になるまで生きてこれたのも、命を助けてくれたのもチーだと思っている・・・。本当に心からそう思っている..ありがとう・・・」とババがつまりながら言った。いろいろな事があって、感謝しているのは私の方だ・・
「それならどうしてそんなことを言うの?」「どうしてだろうねぇ・・この頭は何を考えているのだろうねぇ・・・」問いつめる私。「お母さんはどうしたいの?ユキオさんたちと暮らしたいの?施設に入りたいの?」「そんなこと・・でも・・」「ヨシキと3人で暮らすことがそんなに嫌なの?」私には勢いがついていた。もう下降できない。「そんなことない。できれば3人このままで・・・棺おけに入る時まで・・・このままで・・このまま、ここにいてもいいの?」「ここはお母さんの家じゃないの。じゃあ、このまま我慢してここにいてくれる?もうユキオさんを呼ばなくてもいい?」「う・・ん・・」
話しながら頭の整理ができなくなり、混乱しているババがいた。そのババを問い詰めている自分が嫌になっていた。いつもはどちらも引かず、言いたい放題の2人の関係なのに・・・。介護される側の気遣いがひしひしと伝わってくる。そして私の方こそ感謝しているという言葉を口に出せずに会話は終わった。
ババは時々感謝の言葉を口にしていると、ヘルパーさんや周囲の人から聞く。直接言われたことも何度かある。「ありがとう」という言葉の前では「嫁・姑」の関係も変化し、嫁の武器である「ヒステリー」も無力で自滅していく。意地っ張りな私はその言葉をなかなか素直に言えない。この次こそ・・・ババを見習おう。

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Blog 開始 2006.2.10〜
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プロフィール
Author:chicyan
世間ではなぜか「よいお嫁さん」で通っています。(^_^;)
実態は・・・まちがいなく「怠け者」で「ヒステリーを起こしやすい」嫁です
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