認知症(脳梗塞後)介護の体験記。
認知症の進行予防・楽な介護が目標です!
★はじめに★ブログ開始にあたって
脱水 〜 ひからびたババ
主治医から「室内でも危険!熱中症の落とし穴」という熱中症についての注意書きをもらった。8月24日のことだ。「血液が濃い」・・・脱水状態だった。
田舎から無事に帰ってきたものの、体調はなかなか回復せず、外出や散歩も控えていた。だが拍車をかけるように、8月18日頃から風邪による咳、痰に悩まされる。さすがに息はゼイゼイと一段と苦しそうになり、食欲も落ち、私はババに「何かを食べてもらう」ことに頭を悩ますようになる。だが食欲は落ちていくばかりだった。
体調ダウンにババも「私の頭は(認知症のこと)ひどくなっているの?何が何だかわけがわからないんだけど・・・?体の調子はどうなの?」と聞くようになってきた。8月20日は最も調子が悪く、ゼイゼイしながら甥のユキオさんを呼ぶようにと言われた。彼は牧師だから万一に備えて・・・という意味だ。その後、認知症が進んだのかと思えるような言動も出始める。
「食欲」は「生命力」とつながると主治医。今はいくらすすめても食べてくれないので点滴を続けてみることになった。おかげで目に見えて効果がでてきたような気がする。「ババ、ひからびてシワシワだからピチピチ、ツヤツヤの肌になれるよ〜!」と点滴を嫌がるババをくどいた。今日は表情に活気が出てきた。きっとこのまま快復軌道に乗れるだろう。
★なぜ脱水状態に?
1)食事の量が少ない 2)水分をとらない 3)暑さをがまんしすぎ(エアコンをつけずに扇風機だけ)
★熱中症を防ぐには
1)十分な水分補給 2)直射日光はさける 3)入浴はぬるめで短時間 4)アルコールは脱水を悪化させる
★脱水による症状
・元気がない ・発熱 ・尿が少ない ・吐き気 ・めまい ・血圧低下 ・意識障害
★脱水が招くもの
・熱中症 ・心筋梗塞 ・脳梗塞
不気味な贈り物
2006年8月31日
明け方、気づくとババがベッドに座り、苦しそうにしていた。「はぁ、はぁ、はぁ、しんどくてねぇ。電気をつけるだけなのに苦労した・・・」「チー、チー」と呼んだが私は起きなかったらしい。胸痛が続いていた?なぜ起きなかったんだろう!!そしてこの日ババは通常のババではなかった。
湿疹の薬が効かないと言って「こんなわけのわからない薬を買ってこないで!!今後薬は全部私に聞いてから買ってちょうだい!!」すごく恐い顔をして怒りまくった。(薬は病院で処方されたものだし、ババはこれまで薬のことで怒ったことはない) いつものババではない...
そして夕方、「やっぱりここの方が心配ないかねぇ〜」とババの声。私はババの部屋でウトウトしていた。「ん?どうしたの?」「そこにほら、お菓子やら花やら、たぁ〜くさん誰かが持ってきて置いてあるだろ!(実際にはない)誰が持ってきたんだろ?気味が悪くてねぇ・・・。お隣さんの家もこんなふうに誰かが物を持ってきたりするのかねぇ。わけがわからないわ。何だか恐いから風呂場の前で寝ていたんだよ!」ババがタンスの上を指して言う。えっ?まさか!びっくりした私は風呂場の入り口の床でババの枕を見つける。本当にここで寝ていたんだ。自分の部屋以外でババが寝たのは初めてのことだ。
朝の胸痛発作が影響している?何だかわからないけど、いつもと違う。どうしよ〜、どうしよ〜と思いながら「ごめんね、ごめんね」という言葉が出た。不安になって恐がり、別の世界に行っているババ。この日はできるだけ側についていることにする。
2006年09月09日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:7
「嫁・姑」と「ありがとう」
2006年9月10日、起きてきたババが開口一番に「ユキオを田舎から呼んで!今後のことを相談しよう。」と切り出した。私を思いやってのババの気持ちもわかるが、度重なるババの言葉に、この時私は「切れて」しまった。ババの耳元で「そうですか!わかりました。そんなに私が嫌いなら私が出て行きます。お母さんを追い出すわけにはいかないですから。はい、わかりました。もう後のことはユキオさんやヨシキと相談して下さい。」イライラして、言ってはいけないことを口にしてしまった。
ババは少しうろたえ、沈黙の後、「そんな・・・嫌いだなんて思ったことは一度もないよ。こんな自分でも・・チーだからこそ・・・チーとだからこそ、一緒に暮らせたのだと思う。この歳になるまで生きてこれたのも、命を助けてくれたのもチーだと思っている・・・。本当に心からそう思っている..ありがとう・・・」とババがつまりながら言った。いろいろな事があって、感謝しているのは私の方だ・・
「それならどうしてそんなことを言うの?」「どうしてだろうねぇ・・この頭は何を考えているのだろうねぇ・・・」問いつめる私。「お母さんはどうしたいの?ユキオさんたちと暮らしたいの?施設に入りたいの?」「そんなこと・・でも・・」「ヨシキと3人で暮らすことがそんなに嫌なの?」私には勢いがついていた。もう下降できない。「そんなことない。できれば3人このままで・・・棺おけに入る時まで・・・このままで・・このまま、ここにいてもいいの?」「ここはお母さんの家じゃないの。じゃあ、このまま我慢してここにいてくれる?もうユキオさんを呼ばなくてもいい?」「う・・ん・・」
話しながら頭の整理ができなくなり、混乱しているババがいた。そのババを問い詰めている自分が嫌になっていた。いつもはどちらも引かず、言いたい放題の2人の関係なのに・・・。介護される側の気遣いがひしひしと伝わってくる。そして私の方こそ感謝しているという言葉を口に出せずに会話は終わった。
ババは時々感謝の言葉を口にしていると、ヘルパーさんや周囲の人から聞く。直接言われたことも何度かある。「ありがとう」という言葉の前では「嫁・姑」の関係も変化し、嫁の武器である「ヒステリー」も無力で自滅していく。意地っ張りな私はその言葉をなかなか素直に言えない。この次こそ・・・ババを見習おう。
指定バトン「難聴」
1.最近思う「難聴」
今更だが、聴力は人間が生きていく上でとっても大切なものだとつくづく思った。難聴にも程度はあるがどちらにしても難聴によって生活の質は異なってくる。聞こえないこと、話が通じないことによるストレスで日常生活や対人関係も変化する。
2.この「難聴」には感動
ババは、この2ヶ月余り難聴が進んだような状態になり、いずれ全く聞こえなくなって、頭の中もわけのわからない状態になるのではないかとババ自身心配していた。9/15日に耳鼻咽喉科を受診し、先生に年齢による「難聴」の進行だと言われた時、ババは手をたたき、飛び上がるようにして喜んだ。
脱水の影響なのか、帰郷した時の飛行機の気圧がいまだに影響しているのか等いろいろなことを考えていた。やっと脱水状態から抜け、食欲もでてきた頃だ。(おかげさまでこの頃から体調が回復したことを強く感じている)
ひょっとすると回復すべき時期が来ていたのかも知れない。だが、嘘のようにその日からババの「聞こえ」が少しずつ戻ってきたのだ。受診時耳垢がたまっていたわけでもなく、特別な治療をしたわけでもない。ただ聴力の検査のみだったのだが・・・。
「年齢による難聴」この言葉は魔法の言葉だったのかなぁ。
3.好きな「難聴」
やむを得ず、重い内容の話や暗い話をババの同席する場所でしなければならなくなった時の「難聴」。本人の動揺が少ない。
4.こんな「難聴」は嫌だ
公衆の場でヒソヒソ話をしたい時の「難聴」。自然にこちらの声も小さめになり、そうするとババの聞きなおす声の大きさや回数も多くなる。ますます話しづらくなる。
もう一つはババの体調がとっても悪く、気分はどうなのか聞きたいのにやり取りができない時。本人も辛いのに何とかして聞こうとするから余計な負担がかかる。
5.この世に「難聴」がなかったら
幸せになれる人が多い。本人含め関わる人全て。「難聴」に関わる業種の廃業。
6.まわす5人とお題の指定
思わずして気分転換ができたので、感謝の気持ちを込め、アンカーとしてpurenaheartさんへバトンをお返し、ゴール。
2006年09月20日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:5
スキンシップ
ババは私の帰宅が夕方以降になると機嫌が悪くなる。「ただいま〜」と玄関の戸を開け、部屋をのぞくと鬼のような形相のババがベッドに座り、こちらをにらみつけている。「もうー耐えられない!こんな生活!こんな思いをするくらいなら田舎に帰る!!もうーー嫌だ!嫌だーーー!!他の家はみんな夕食の時間で、主婦はみーーんなこの時間には家にいるのに・・・うちだけは!!」といいながら、その辺の物を投げまくる。どうも夕方1人で家にいると、見捨てられたようなみじめな気分になるらしい。「夕暮れ時」という時間はくせものだ。おまけにおなかも空くので完全にババは「短気モード」になっている。それはそれはもう火山が噴火したかのごとくの勢いだ。
6月に帰郷した時、大好きな伯母が入院後(認知症介護【82】)様子が変わったということを実母から聞いた。食事も病院から出される食べ物には「毒が入っている。私を殺そうとしているんだ!」といっさい口にせず、妹である実母が菓子パン等を持参しても細かくちぎり、毒が入っていないか確かめる。他の食べ物も同じようにチェックをし、結局は食べない。点滴はしているものの、だんだん衰弱し、このままでは死んでしまうと実母が嘆いた。
驚き、心配になった私は実母と同じように何種類かの飲食物を持参し伯母を見舞った。大切な・・・ずっと私達家族を助けてきてくれた伯母の痩せた姿をみた途端、涙が出た。肌と肌の触れ合いは自然に出た。持参したパンを食べ始めた伯母を見て隣の患者さんの家族が驚き、喜んでくれた。その後、周囲が根気よく見守り、少しずつだが心身共に回復に向かっている。近く退院予定ということだ。
私はかなり近い身内に対してスキンシップができる自信はない。慣れていないからだ。それと嫌いな人に対しても・・・。ただ「ここにいるよ。心配しなくていいよ。大好きだよ。」という思いを込めたスキンシップは不必要な壁を取り払い、心をとかすのだと思った。

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Blog 開始 2006.2.10〜
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プロフィール
Author:chicyan
世間ではなぜか「よいお嫁さん」で通っています。(^_^;)
実態は・・・まちがいなく「怠け者」で「ヒステリーを起こしやすい」嫁です
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