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ろーか (老化)
認知症介護【77】
2006年5月20日 診察室で私はババに言った。
「お母さん、右腕の痛みは老化ですって!」 それを聞いて先生が笑った。
右上腕の痛みはベッド柵で打ったのかと思ったが、どうも違うらしい。痛みの持続が長すぎる。整形外科を受診した。正式な病名は「右肩石灰化」「滑液嚢炎」。ババの場合、対症療法しかないということでシップと痛み止めの内服薬が処方された。気になったのは、レントゲン上の右上腕中央辺りの白く丸い部分(一円玉位?)だ。骨の中の血管が梗塞を起こしていて、ひょっとすると痛みと関連があるかも知れないということだった。もしかすると、ここだけではなく他にも身体のあちらこちらの血管で梗塞が発生しているかも知れない。元気そうでも確実にババの病状(老化?)は進んでいるのだろう。

「
ろーか、ろーか、ろーか」と言いながらババが台所へ来た。
「
ア・イタ・イタタタタ・・・!」
「診察はどうやったんや?」」とヨシキが聞いた。
「
100年近くも使っているから、しょうがないよね。ろうすいだって!アンタ!!」ポンポンと右肩をたたきながら、ババは右腕に話しかけた。
「ろうすい?老衰?そりゃ〜死んだ時によく使うんじゃないか?」
「
え〜??アハハ・・。ろー、・・ろーか、ろーかだって!」
「
ろーかだって!今日の先生は今まで見たことのない(いつもの整形の先生)、体の大きな▲▲▲(かっこいいの反対)な先生だったヨ〜!」
私の「ろーか」という言葉に不満足なババはやや機嫌が悪い。私から見れば「体格がよく、にっこりと笑顔で対応してくれた感じのよい先生」なのだが・・・。ババはまた「
ろーか、ろーか、ろーか」と言いながら部屋へ戻っていった。
一週間たった今でも痛みは切れず、ババは「
ろーか、ろーか、ろーか」と唱えている。
2006年05月28日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:0
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「ババの夢」実現に向けて
認知症介護【78】
認知症ババの夢は「郷里へ帰り、母親の墓参りをし、家を建てて住み、畑仕事をすること」だ。私達はその中で実現できそうなことをかなえようと思う。
「いつか小さくてもいいから田舎に家を建てて住みたい」というのがババの口ぐせだ。そのためにコツコツ年金を貯めてきた。だがババの生きがいを奪ってしまうようだが、「家を建てて住む」は真っ先に「夢」で終わってもらうしかない。昔の生活を懐かしむにしても、もはや周囲の住民は世代が変わり、義父の実家の門は坂を下りた所にある。今のババだと坂の上り下りは負荷がかかる。まちがいなく家の中に缶詰だし、現実的には考える余地もなく却下だ。
「畑仕事」もおそらく不可能だと思う。写真を撮るためのポーズはとれても・・・。
「郷里へ帰り、母親の墓参りをする」 この望みも本来はリスクが高すぎて、常識的に考えると実現不可能だ。だが私達はババのやりたい事を実現させたいと思っている。4月の診察日(認知症介護【61】)に主治医に意を決し、そのことを相談した。先生の返事は聞かなくてもわかっていた。
昨年の秋にも私達は無謀な旅をした。あまりにもババの病状を理解していないとあきれた先生は墜落してしまった飛行機に例えてこう説明してくれた。
「墜落しそうな飛行機は、墜落直前までは必死で機体をたて直そうとゆらゆら蛇行して飛んでいる・・・お母さんは一見元気そうに見えますが、今まではそういう状態だったんですよ!だけど落ちる時は一気に落ちていってしまう。今はその落下に一歩足を踏み出している状態だと考えて下さい。」そう言われながらも私達は決行した。先生は「救急担当科先生」宛紹介状を書いてくれた。
今回ヨシキと2人で郷里に連れて帰ろうと決めたものの、近頃ババの体調が今一つだったので、ヨシキも私も心が大きく揺れ動いた。出発日は延び延びになっていたが、昨日ババに言った。「お母さん、調子がよければあさって田舎に帰ろうね!でも家を建てることはあきらめてくれる?またここに帰ってこようね!」「
うん・・・そうだね」
帰るか、帰らないかの選択を迫られたとき、つくづく思った。行動を起こす時、その結果を先に知ることができれば、分かれ道でどの道を行くか迷わずにすむのに・・・。
2006年05月30日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:0
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