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母への想い
認知症介護【52】
脳梗塞の発作を境にして、ババの心の自制は解かれた。弱かった、母親に甘えたかったババの心が次々とさらけ出される。ババはもう心にバリアを張る必要がなくなったのだ。

両親と生活していた頃、7つ違いのお姉さんはどちらかというと身体が弱く、もっぱらババのほうが農作業をしていたらしい。ババは頭も悪く(本人の弁)母親にもそう言われていたという。戦前、戦時中と家を守って来たと言われるババはたくましい存在だったのかも知れない。義父と結婚してからもひたすら働いてきた。「
周りの人はケチな人だと思っていたはずだよ。」貧乏ゆえ人並みのお付き合いができなかったという。そして義父の療養のため現在の地に移り住み、慣れない仕事をして女手で家計を支えてきた。強く生きてきたのだ。もしかするとババのお母さんにとってババはほうっておいても大丈夫な娘だったのかも知れない。
またお母さんが病気になった時、お母さんの側に行ったら「おまえは臭いから近づかないで!」と言われたという。何か理由があったのかも知れないし、言葉の取り違えがあったのかも知れないが、もはや確かめることはできない。「
幸い面倒を見ていたお兄さんは病気のこととかも結構知っていてねぇ。お母さんの気に入りだったよ。お母さんは死ぬ前に「もう一度子供たちみんなに会いたい」って言ってた。それだけが心残りで・・頭に残っているよ」結局遠くにいた子ども達には会えないまま、お母さんは亡くなった。
幼い頃からきっとババは母親を求めてきたのだ。抱きしめてほしかったのだ。けれど働き者で、しっかりもので、感情表現の方法を知らない、甘える方法を知らない、そして母親に愛されているという確信のなかったババは、母親が亡くなるまでとうとうそれを出さずにきた。
私がヨシキと結婚してから、私の実母と妹が遊びに来たことがある。遠く離れていてめったに会えない私達は3人仲良く出掛けた。楽しんで遅く帰ってきた私達をババの怒りの形相が迎えた。「何で?水入らずでゆっくりできて良かったネとでも言うならともかく・・!別にババに声をかけなかったからってそこまで怒らなくてもいいんじゃないの?」その時はそう思った。だが今ならあの時のババの気持ちがわかるような気がする。
2006年04月10日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:0
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