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母のために
認知症介護【51】
ババは6人兄弟4番目の次女として生まれた。一番下の四男が生後まもなく1歳で亡くなっている。(ババは養子縁組等の関連で戸籍上は長女になっている。)
ババのお母さんはババが25歳(亨年59歳)、お父さんはババが33歳(亨年68歳)の時に亡くなっている。そしてババが結婚したのはお父さんが亡くなって1年後、ババが34歳の時だからその時両親はいなかったことになる。
幼い頃、ババは「お父さんっ子」と言われていたらしい。ババは母親の体調が思わしくなく他の女性の母乳をもらって飲んだり、ミルクなどで育ったということだ。父親がよくそのミルクをババに飲ませてくれたらしく、ババは父親を見ると寄って行ったそうだ。それが「お父さんっ子」の所以らしい。
でもなぜかババはそれをあまり快く思わない。農業学校の先生をしていたという父親は家業の農業はあまり手伝わず、よく酒を飲み出歩いていたという。ババの頭の中のイメージは「お母さんに苦労をかけた人」なのだ。いや、母親に対する想いの方が父親のそれよりもずっと勝っていたということかも知れない。

ババは自分の部屋に飾ってある母親の写真を見つめ、時々涙する。
「
今ならきれいな着物を買ってあげることも、病気だったお母さんに栄養のある美味しいものを食べさせてあげることもできるのにねぇ・・・。苦労しっぱなしで亡くなってしまって・・・。何にもしてあげられなくて・・・」「
でもたった一つだけ私が言いだしっぺで、お母さんのためにしてあげたことがあるヨ。昔うちは水汲みをするのが本当に大変で、坂を上り下りしなければならない離れた所(泉)から重たい水を汲んで家まで運んでいたの。お母さんに楽をさせてあげたくて、兄弟でお金を出し合って井戸を掘ろうって言ったのよ」 そしてババは働いて貯めたお金を送り、井戸は掘られた。
ババは自分が「25歳」とまだ若い時にこの世から母親を失う。だが、ババにとって生前中の母親は遠い存在だった・・・。
2006年04月09日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:0
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