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高齢でも認知症でも・・「女」
認知症介護【58】
2006年4月13日タクシーの中から桜並木の続く景色をみて「
やっぱり家の中で寝てばかりいるより、外に出るといいわね〜」とババが言った。今日は少し具合が悪いからと外出を渋っていたババを強引に誘った。
所々にピンク色の花をつけた桜の木を眺めながらタクシーは目的地の老人保健施設に着いた。

館内に入り、ババの夫の兄嫁である伯母が入所している階に上がった。食堂兼くつろぎスペースである広いフロアに伯母はいた。昼食後すぐだったが、昼夜逆転してしまうので入居されている方々は日中の多くをこのフロアで過ごすという。トイレの順番を待つ列の中に伯母はいた。その横にババの車椅子を並べ、声をかけた。「まだ行きたくないということで・・」とトイレの介助をしている男性職員が教えてくれたので、伯母に聞くと「出ないもんは出ないんだから・・・」という返事が返ってきた。
伯母の武勇伝(?)がある。夜リハビリパンツを使用しているらしいが、その交換に男性職員がきて「オムツをかえましょうか?」と声をかけ、下半身のあたりをゴソゴソするので、「私はオムツなんかしていないよ〜!」と言って思いっきりその男性職員の手に爪を立て引っかいたというのだ。
「爪もこんな時には役にたつのネ。これからは伸ばしたままにしようかしら?」笑いながら語った伯母のその話を聞いた時、私はさぞ痛かったであろう男性職員が気の毒になったものである。それと同時に高齢で認知症状がでてきても、伯母やババは恥じらいのある「女性」なのだと思った。私自身が歳をとってヨボヨボになってもやっぱり男性に介助されるのは抵抗を覚えるだろう。
実はババもデイサービスに通ったことがあるが、「待てない」ババになってしまっていたので「送迎時間が待てない」ということと、男性が入浴介助をしてくれるということで(後日頼んだら女性に代えてくれるということを言ってもらえたが)・・・ババはデイに行くのを嫌がり、とうとう利用をやめてしまったといういきさつがある。
介護はいくらコツがあるとはいえ、女性にはきつい部分もある。男性の力のおかげでどれほど助かっていることか・・・。それとデリケートな性の配慮をどのようにかみ合わせていけばいいのだろう。
自宅でもヨシキがたまにババの背中を流してくれるが、ときにババは拒否するし、お風呂上りにその場にいないことを要求する。
2006年04月18日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:2
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有言実行のグループホーム(認知症対応)
認知症介護【59】
2006年4月19日そのグループホームを実際に訪問し、見せて頂く機会を得た。一緒に行った知人がうなった。彼自身別のグループホームで働く人間である。「う〜〜ん・・ここはすばらしい!・・かなりレベルが高い!」
以前に素晴らしいお話を聞かせてくれた例のホーム長さんの所有するグループホームである。→
認知症介護【37】(認知症高齢者の理解と対応)何の変哲もない外観の建物は、一番外側のフェンスこそセキュリティ対策がされていたものの、中に入るとそこは「別荘」を思わせるような内装だった。床はフローリング、所々に絵が飾られ、お手洗い、洗面、お風呂等は一般家庭を広くしたような設備だが、機能的な面ではいろいろ細やかな配慮がされていた。
洗面所などの備え付けの鏡は壁にピタッと貼り付けられているのではなく、やや下向きに斜めにかけられ、トイレは洋式で介助がしやすいスイングのできる肘掛けがついていた。正面に奇妙な形をしたふたのついている筒状のものが壁から突き出ていた。何かと思えばダストシューターだった。匂いがこもらないようにここからオムツ等を投げ入れるのだという。
このグループホームは現在介護度1〜4の方々が入居されているという。各部屋は全て和室(畳)で(畳は汚れたら掃除は大変だが、なじみのある日本の家屋の姿をなるべくそのままでという配慮から)、私物の持ち込みを推奨しているとのこと。これもなじみのある環境で生活していただくためということだ。
見学を了承して頂いた2Fの入居者のお部屋を見せていただいた。ドアを開けた瞬間に私が思ったことは「こんなグループホームなら私も住みたい!」である。
その部屋はベッド(持ち込み)があり、簡易仏壇があり(ご主人らしき方の写真があった)、花嫁道具だったのだろうか、年数を感じさせる鏡台があり、まるでご自宅のお部屋のよう・・・。ベランダへの出入りは自由にでき、部屋は明るい。安全面から介護度に応じて置ける家具や物は限られてくるとの事だった。
これまでグループホームは比較的介護度の低い方が対象だったが、介護法の改正により介護度の高い方の受入の必要も出てきた。そのため、このホームでも検討中とのことだ。
緩やかな階段(バリアフリーと逆行しているようだが、バリアフリーのリスク面・・・身体の機能が弱くなって足腰は逆に弱ってしまう・・・に配慮し設計されたという階段の一段の高さは通常よりかなり低い)を降り、1階のリビングに腰掛けた。
リビングはゆったりとした広さで明るく、サッシを開けるとベランダに花が植えられていた。その花に入居者の方が水やりをする。

端のテーブルでは今日の夕食の献立を相談していた。初めはお2人ともここの職員の方だと思っていた。ところが職員の方ともう一人は入居者の方だったのだ。よく聞くと入居者の方のほうがいろいろなことをよくご存知で、それを職員が教えて頂きながらというペースで会話が続いている。
ここでは「生活行動に参加していただく」がまさに実践されていたのだ。できる方は洗濯物をたたみ、調理、配膳をする。お風呂も曜日を決めず、週6日のうち好きな日にいつでも入れる。もちろん決定のできない方は職員がサポートする。
リビングでは入居者同士会話をしていたり(認知症の方だから同じ事を何度も話したり、意味不明(?)なことを言われていたり等の症状もある)、またずっと歩き回っている男性、時々声を上げ、怒っている表情をする男性、事務室をお仕事(営業?お付き合い?)のように訪問される男性(職員が丁寧に接待をしていた→今のチャンネルに合わせ、ずれている世界に正確に対応を実践されているのかなぁと思った。)がいた。
しかし、不思議な現象がある。それでも「静か」なのである。ゆったりとした時間が流れ、聞こえてくる声は通常の人間の生活の中の「声」であり、耳障りにならない。どのように表現したらいいかわからないが、バタバタ追い立てられることもなく、ご自分のペースを保つことができ、普通の生活の時間がそこに流れているのである。
「さあ、★★をしましょうか!」という職員の大声はない。穏やかに話しかけられ、会話をし、家族の団欒といった雰囲気だった。(ひょっとするとこれが一番大きいのだろうか?)大きな声で誘導することもなく、職員は表面的な存在感を強調せず(オーバーに言えば忍者のように動きサポートしている)、それぞれが私服である。そして時間の約束事もないのだ。もちろん通常の生活の大まかな流れ(食事どきなど)はあるが、〜をしなければいけないという拘束の時間はない。
ハード面(建物・設備)で驚いたのはもちろんだが、それにもまして感動したのがソフト面(職員の対応)である。この棟のホーム長さんは、それでもまだ課題はたくさんあると言われていた。居住者にとって「施設」ではなく、「家」なのだという考え方でここは運営されている。
この先、我が家でもどのような状況の変化が出てくるかわからない。その時のことを考えて対応できるようにしておく必要もある。もしも将来ババの施設入所を考える状況が出てくるとしたら、ここならば迷いなく、安心してお願いできるだろう。その時にハードルとなるのは定員18名が2棟しかないというこのホームの、尋ねることすら恐ろしい入居競争率だ。
2006年04月20日 | 認知症高齢者の理解と対応 | トラックバック:0 | コメント:0
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ババの環境改善の可能性
認知症介護【60】
「
そんなにあわてなくても・・・!」とババに言われて私は頭から水をかけられたように、ハッとした。昨日(4月20日)内科クリニック受診の為、ババの身支度を手伝っていた時のことである。
そういえば今まで何度もババの口から同じような意味の言葉を聞いてきた。別にあわてているわけでも、急いでいるわけでもないのに、私がババの着替えを手伝うと、時々言われた。「
そんなに急がなくても・・・」「
そんなにあわてなくても・・・」
いや、着替え以外の時も同じような言葉を聞いている。普段より私が手際よく(?)リズムに乗り、軽くなった身体で、ババの部屋を片付け、掃除機をかけ・・・チャッチャッチャと家事をこなしている時・・・。私にしては珍しく家事をすることに意欲があり気分も快適なときだ。ババが言う。「
そんなに忙しくバタバタ働かなくても・・少しは休憩したら?」

ババがベッドで横になっている間、私が台所で食器を洗ったり、ベランダで洗濯をしていたり、部屋の掃除をしたりしているとババが私に声をかける。「
少しは休んだら?ひとりで働いて大変だネ!」
私がお風呂で背中を流している時は・・・「
そんなに憎しみを込めてこすらなくても!」・・・髪の毛をリズミカルに、気持ちがいいだろうなぁ〜と思いながらシャンプーすると「
うワぁっーーもうやめて!!」
他にもさまざまな場面で、ババの行動をフォローするとき「ゆっくり」するようにというシグナルが送られてきていた様な気がする。振り返ってみれば、ババは私のスピードとバタバタしている姿とそこから発生している忙しそうな「音」に対して「不快」を示していたのかも知れない。
一昨日のグループホームの雰囲気がまだ頭の中に残っていた昨日、私は今まで私の動きに対するババの「不快」について考えたこともない自分に気付いた。脳梗塞後3年にもなるのに・・・だ!
★認知症高齢者の生活に合わせ、ゆったり、のんびりした生活を築く。
★認知高齢者のペースやリズムを大切にする。
★ユーモアや笑いがあり、のんびりした生活ができる空間をつくる。上記はホーム長さんに教えて頂いた対応方法だ。確かに一昨日のグループホームは、認知症高齢者のペースやリズムを大切にし、ゆったり、のんびりした空間があった。しかも職員は多くの仕事をこなしているのにバタバタした雰囲気は全くなかった。
私の対応方法は?というと・・ババはゆっくりした行動しかできないのにババのペースに合わせるのではなく、自分のペースに合わせてきたのではないか?しかも一番問題なのは「ババが負担に思っているかも知れない」なんて考えたことすらなかったことである。
認知高齢者への対応方法を学び、なるほどと納得し、その対応が見事にできている人を見て感心、感動した。しかし、それを自分と照らし合わせることはしなかったのだから思いあがりも甚だしい。
ババ・・よかったね!今日からアホ嫁が少しだけ賢くなって、ババが気を使って嫌だと感じていることが少しだけ減るかも知れないヨ。
2006年04月21日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:0
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強風注意報・荒れたババ
認知症介護【61】
2006年4月20日今日は定期の診察日だ。家の中から外を見ると、日が照って気温も問題ない!爽快なる気分で久しぶりに外の空気を吸おう!準備を済ませ、車椅子にババがスタンバイできた頃、頬にあたる風はとても心地よかった。
車椅子を押し始めてしばらくするとババが「
やっぱり、手がすこ〜しヒヤッとするねぇ〜」と言う。「家に戻って手袋を取ってこようか?」「
もう、イイよッ!」と苛立ち気味のババの返事。待たせるとうるさいからなぁ〜とババの言葉に従った。これがまずかった。あとでわかることだが・・・。
5分ほど歩いたところで「寒い?」と聞くと「
ううん、大丈夫!今日はお爺さん、いないねぇ」とババ。ババといつも話題になるお爺さんのことである。「でも、近頃来てないんじゃないの?だって草がたくさん生えているよ〜」と話しながら歩く。色とりどりの春の花を咲かせている家の横を通った。足を止め、2人とも「
わあ〜〜きれいだねぇ〜!」と感動し、ババと私のここまでの道中は思わく通り快適な道中だった。
しかし、思ったより風がきつい。クリニックまでは30分程度のみちのりだが、その1/3あたりからだんだん「
ちょっと寒いねぇ・・・」とババが繰り返すようになってきた。やばいっ・・・。しばらくして手を触ってみると冷たい。「私の上着を着る?」「
いらないっ!」 うわぁ〜〜手袋さまぁ〜〜。ババの風向きが変わってきたようだ。

後はズンズン進み、クリニックの看板も見えてきた。最後の横断歩道を渡るとき、ババに話しかけた。「お母さん、私もうそろそろ髪の毛を染めないといけないワ」「
・・・」「白髪が目立つようになってきちゃった!」「
そんなことどうでもいいっ!人がこんなに寒い思いをしているのにー!それどころじゃないワ!」 やっぱり・・!!ババが切れてしまった!この後のことを考えると恐ろしくなってきた。(--;) できることなら・・イヤもう引き返せない。
予想通りだった。人目をはばかること知らず、恐いもの知らずに変身したババは「怒り」モードに突入していた。嫁はクリニックで3度目の「おろおろモード」を余儀なくされる。私が話しかけると 「
帰りは絶対車だよ!!」 ババの大きな第一声は注目を集めるのには充分過ぎた。これ以上話しかけると最悪院内中に響き渡る声の大きさに発展しそうだった。心臓専門のこのクリニックで皆さんを驚かしてはいけない。私は小さくなることに徹しようと決める。
幸い間をおかず、検査のため看護士さんがババを呼びに来た。私は看護士さんがババに話しかけている間に処置室に飛び込んだ。馴染みの看護士さん、事務員さんに「ごめん〜〜!今日寒いから機嫌が悪いのよ〜〜!」「え〜〜そうなの?」前科があるので暗黙の了解である。すぐフォローにかけつけてくれた。これで、とりあえず大丈夫。彼女たちはババの相手をすることがすごくうまい。ホッとする間もなく処置室に入ったババと看護士さんの会話でまた汗をかいた。 「どうしたんですか?ユナチさん?寒いんですか?」「
寒いのよ〜!ケチが・・!タクシー代がないのかどうか知らないけど・・・。バカタレが・・!」 (;^_^A 触らぬ神にたたりなし!あとはおまかせして、そそくさと私はロビーに戻った。
このクリニックでのババの前科だが(他のクリニックでもある)、前にババが出掛けに「待たされた」ことによって「怒りモード」になった時はもっとすごかった。いつも見慣れたロビーなのに「
こんなわけのわからない、見たこともない、来たこともない病院に連れて来るなんて!」いつもの看護士さんが話しかけても「
こんな人、知らない!見たこともない!」先生に見覚えがないか聞いても「
あんな先生、知らない!」私と職員の皆さんは恐いもの知らずのババの世界に引き込まれてしまったのである。ありがたいことは、それでもババを見つめる皆さんのその目が変わらず温かいことである。
「待つこと」「おなかが空く」ことが原因であるババの怒り対策として待つ時間が最短になるように、おなかが空く前に早めに食事をするようにすれば事前にババの怒りモードを防げることがわかった。今回思い知ったのは寒がりのババに「寒い」ことに対する対策も絶対不可欠だということである。
(※脳梗塞以前のババはこの「怒り(短気)」モードと「バカタレ」などの乱暴な言葉は持ち合わせていない。少なくとも私の知っている範囲で、外でこのような表現をすることはまずなかった。)
天気予報を見ていなかった私は、外の風の強さに驚いた。後で知ったのだが強風注意報も出るほどの日だったのだ。診察のときに私は先生にとても重大な決意をお話しし、相談をするのだが(その内容は後日記事を書く予定)、会計を済ませ、調剤薬局で薬を受け取るためにクリニックの外に出た私は吹き飛ばされるのでないかと思うほどの突風に悲鳴をあげた。
2006年04月22日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:0
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持ち物がわからない
認知症介護【62】
2003年4月10日(脳梗塞後22日目)
朝の片付けも終わり、お弁当も作り終わった。さあ、次はババの身支度を・・・とババの部屋に行きかけた私の目の前に飛び込んできた光景だ。
「さくら園」に行くのが楽しみで楽しみでならない。せめて自分のことは自分でしようという、嫁に迷惑をかけたらいけないという涙ぐましい努力。どうみたって旅行か、家出。
わけがわからないババは「
気持ち」で外出の準備をしていた。バックが・5個・。ど根性のスポーツ物語みたいに気持ちで必死で体当たりをして「持ち物の準備」をしていた。ババは「モヤ」の世界にいるようだった。何を持って行ったらよいかわからない。バックの中からは貴重品や聖書やその他諸々・・・その多さがババの声にならない悲鳴のようにも感じられた。
4月5日(脳梗塞後17日目)「さくら園」デビュー、翌6日は日曜だったのでヨシキも一緒にババをさくら園まで送った。この2日は私が事前に持ち物を準備した。ちょうど同じ頃、ババはさくら園の通園以外にも何かと外出の機会が増えてきた。そしてそれまでは気付かなかった脳梗塞の後遺症である認知症状が次々と出てくるのである。
2006年04月23日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:2
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介護の必需品「ポータブルトイレ」
認知症介護【63】
「
まだ、自分で行けるからねぇ・・・」ババにとってプライドを保つことができ、嫁に負い目を持つことなく生活のできる最良の状態。「
よっこらしょっと!」と立ち上がり、「
ハレルヤ、ハレルヤ。転ばないように・・・」と祈りながらトイレに向かう。昼間は多くをトイレ、夜はポータブルトイレを使うことがだんだん増えてきた。
ババは寝たきりではないので、我が家では本人の体調コントロール、嫁の負担軽減のためポータブルトイレは絶対に必要だ。ババは足腰が弱り、歩行補助具なしでは歩けない。しかも「ぜいぜい」があり、心臓も弱い。ババと「介護」で楽をしたい私は充分その恩恵を受けている。大げさかも知れないが「ある」と「ない」とではババの寿命と私の介護人生の色までも大きく変わってくるだろう。また今思うことだが、ポータブルトイレの種類も「あればいい」という考えで選ぶのでなく、これも両方の将来に大きく影響するものとして慎重に選んだほうがいい。少々高額でも本人の寿命が延び、介護者も楽ができるとあればその価値は計り知れないのだから。
2003年に脳梗塞で倒れ、入院したババが退院後、私は2ヶ月間ババの部屋で寝た。夜間ババが転ばないように排泄の介助をした。利尿剤の影響もあり排尿は頻回(ひどい時は30分間隔で尿意を覚えた)、ババも私もヘトヘトになっていた。部屋に簡易ポータブルトイレを置き、使用する時はババがあまり動かないですむようにポータブルトイレをババの足元まで移動させた。幸いこの時のポータブルトイレはシンプルなもので軽く、移動は楽だった。ババも毎回トイレまで行っていたら早々にダウンしてしまっていただろう。
とても役に立ったそのポータブルトイレはふたを止めているネジがはずれ、危なくなってきた。そのため今度は介護保険を利用して2台目を購入。購入価格は約10万円ほどで、自己負担は1割負担で1万円ぐらいだった。

家具調もあったのだが、私は取り外しができ、掃除もしやすい「プラスチック製」で重さが16kgある便器らしい便器を選んだ。
重量感がありひじ掛けがあるので、転倒の心配をせずに済むことと、その割りにコンパクトで、ふたも軽く、ババの握力でも十分片手であけることができるのが魅力だった。頻尿のババにはそうでなくてはならなかったし、また暖房便座なので、心臓が弱く、冬の温度差を避けたいババにはもってこいだった。
気持ちが悪いときは温水シャワーもある。今はほとんど使っていないがもっと体力が落ちたときは役に立つだろう。
そしてこれが意外と重要であった。「脱臭機能」だ!臭いを99%カットというのは長期使用においては疑問もあるが、私は十分満足している。普段は意識することがなかったが、他家を訪問した時に我が家と比較して改めてその効果を知ったのである。(※決して製品の売込みをしているのではない。実際に使用してみて、我が家の環境、状況にはこの製品で良かったと満足をしているのである。)
ババはもともとポータブルトイレを室内に置くことが大嫌いだった。できるだけ使わないで済むように少々調子が悪くてもトイレまで通った。
だが、私は見た。寒い冬の夜にトイレに行くため部屋の戸を開けたババが少し足を廊下に出しかけてすぐ引っ込め、戸を閉めた後、Uターン、ポータブルに座った姿を・・・。そして昨夜もトイレ通いは頻回だった。フラフラ、「ぜいぜい」しながら「
これがあるからね・・・」とつぶやきながら肘かけを持ち滑り込んだ。もはやババにとって否定しようのない「パートナー」であり「ありがたい存在」なのだ。
ところで、アホ嫁は恥ずかしい話だが、最近まで考えてもみなかったことがある。ポータプルトイレは何回ぐらい使用したら洗浄するか?ということだ。最近までババの使用頻度も少なかった為、2〜3回、あるいは1日に1回という割合で洗っていた。でもある人に言われた。「やっぱり理想は1回ごとだよね、自分がいざ座ろうと思ったら気持ち悪いよ!」想像した。目に映るものと臭いと・・・そこに座る気分を・・・。ホントに・・気持ち悪い。1回ごとに洗うのははタイミング的に難しくてもせめて気付いた時は怠けず洗わなくては・・・!(^_^;)
2006年04月26日 | 介護用品 | トラックバック:0 | コメント:2
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認知症ババが飼っている猫
認知症介護【64】
確かに昨日のお昼のおかずは・・・見るからにまずそうだった。かぼちゃの煮物や野菜炒め等の残り物をフライパンで温めなおしたおかず・・・。でも自分で残り物を指して「これを全部一緒にして温めてくれる?」と私に頼んだ手前、ババは何も言わず食べ始めた。1/4ほど食べるとババは箸を置いた。

「
残りはいつも顔を洗ってくれる猫にでもやろうかね?」
「えっ???・・・」
「
いらないかなぁ・・・」
「え〜〜?? あぁ〜〜!アハハハ〜〜!」 笑いが止まらない。
「
そしたら猫だってもう少し私の顔をきれいに洗ってくれるだろ?」
「アハハハ。そうだねぇ〜〜!アハハハ〜」

「
あんなにうるさく言って自分が疲れるんじゃないのかね!。」(←ヨシキのこと)
「そう、そう、ホントにねぇ!」
ババの顔の洗い方は「猫」が顔を洗うようだとヨシキが時々言うからだ。
「でも私達のお母さんはいつも綺麗でいてくれないとネ!」
「
フン!」
2006年04月27日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:2
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介護サービス利用の手続き
認知症介護【65】
2003年4月3日〜(脳梗塞後15日目〜)とにかく「早期リハビリ」「早期回復」を!
私の頭の中はそのことでいっぱいだった。「さくら園」への通園開始、その他に思いついたのは「通所介護サービス(デイサービス)」の利用だった。送迎があって、昼食と入浴、そしてレクレーション等は十分脳梗塞の後遺症である片麻痺や認知症の刺激になりそうだったからだ。
介護保険のサービスを利用するための手続きなど全くわからない。役所に行き、ババの状態、早期回復を目指すためにデイサービスを利用したいと地域福祉担当に話した。担当の方は手続きの流れを説明してくれた後、デイサービスを提供しているサービス事業者の一覧表をくれた。
一覧表をもらった時点でおよそ利用したいと思うサービス業者の候補はあった。前からその母体である特養は知っていたし、家からも近かったからである。ただ他にも興味のわいた業者が3件あったので、実際に訪問してみることにした。

2件は私だけが行き、1件はババも連れて行った。どの施設も親切・丁寧に説明と案内をしてくれた。ババは見学先で同郷の方が利用していると聞いて目が輝き、レクレーション見学の時など楽しそうな表情を見せた。ただそこは建物がもともとデイサービスの為に建てられたものではなく、入り口が狭く、段差があったりで安全、設備面で気が進まなかった。(2006年現在この建物には別のサービス業者の看板がかかっている。)
結局あまり悩むこともなく、最初にここだと思った施設のデイサービス担当を訪ね、利用を決める。特養併設のそのデイサービスで説明を聞いた後、全ての介護サービス利用の窓口となる介護支援専門員(ケアマネージャ)も併設の居宅介護支援事業者に依頼することにした。
これで介護サービス利用の為の第一歩を踏み出したことになる。そして介護支援専門員をお願いした後はその手続き全てを介護支援専門員が進めてくれ、相談にものってくれたので自分で手探りで行動を起こす必要はなくなった。
2006年04月29日 | 介護保険 | トラックバック:0 | コメント:4
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