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決断
認知症介護【39】
「30日はよろしくお願いします。」「米寿祝い」の司会・進行をお願いしていた従兄を訪ねた。脳梗塞発症後である。
後日届けられた資料とともに添え書きがあった。
「この度伯母さんの米寿祝が誕生日の3月30日、ヨシキ・チーちゃん夫婦主催で開催される事大変意義有り、内輪の一人としてたいへん喜んでおります。私も母が2年前に米寿でしたがご承知の通り半身不随でできませんでした。伯母さんが米寿を迎えられた事を皆でご祝福してあげましょう。」
従姉妹も声をかけてくれた。「伯母さんのための企画ありがとう」「皆でいいお祝いにしようね!」
2003年3月4日〜2003年3月17日にかけて我が家には次々と返信はがきが届いていた。2003年3月30日開催予定の「米寿祝い」の出欠の連絡である。誰の?・・・ババの米寿祝・・・。ババが倒れたのは2003年3月19日。4日間の入院。自宅に帰ってきたのは3月22日。状況が目まぐるしく変わり、ババの後遺症も次々と姿を現し始めていたその時期。私達は8日後に迫ってきた行事の「決行」か「中止」かの決断を迫られていた。
私達は脳梗塞患者のベテラン看護人ではない。初心者である。退院時に主治医から「動脈の狭窄があるので、再発の可能性は大です。爆弾をかかえているようなものです。」と言われている。病気そのものに対する不安は大きかった。もし、万が一のことがあったら・・・?実母に電話をした。「そうなの・・・よく大きな寿の祝いの年に倒れたとか亡くなったとか聞くことがあるけど・・そういうものなのかしらねぇ〜」・・・そういうものなのか??・・・。

迷いの中で私達はババの幸せは何かを考えた。普段親族一同が揃う機会はなかなかない。ババは皆と顔をあわせることのできる「場所」が大好きだ。そこで主役だとなおさら誇らしげで嬉しそうな声が会場中に響き渡る。年齢や今の状況からして次の機会は「ない」かも知れない・・・。
私達は「米寿祝い」決行に向け、もしものことが起きた場合にも対応できるようその準備にとりかかった。
2006年03月18日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:0
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