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しわ寄せ
認知症介護【11】
夜間に起きるのは ババの付き合いをしているから普通のことだ。その分手抜きをしたり、どこかで休んでいるから身体に無理はない。ところがここのところ五輪があるので観戦する日は気合の入れ方が違う。16日がまさにそうだった。早朝も、また夜の再放送も夢中で観た!そのため寝不足だったのだ。心も身体もババに構っていられなかった。余裕がなかったのである。
もったいぶったが、ババに「やつあたり」をしてしまったのだ。夕方フィギュアの再放送を見ながらウトウトしていた私は「
アマさ〜ん!そろそろご飯にしよーヨ〜。お腹がすいたヨ〜」というババの声で我にかえった。ア〜〜ババの夕食の時間はとうに過ぎている。ねむい・・・頭がボー・・フラフラだ・・それでも何とか理性を保って台所へ。
ババの食事をテーブルに並べた。お箸をババに渡した。するとお箸の先に毛糸みたいなものがくっついている。「
変なのが付いているヨ!」すかさずババが言う。「ほんとだ」私は自分の手でそれを取り、再度ババに渡した。
「きたない!!手でさわったものをまた渡すなんて!!」ババが箸をテーブルに投げつけた。
(※ババはお腹がすいた時と待たされた時だけは”短気”になる)
(ムカっー)切れてしまった。
「手はちゃんと洗ったわよ!何で私の手が汚いの?そこまで言うんだったら自分で箸をとってよ!」「
そりゃーそうネ、そうよネ」とババ。
それからは調理器具や食器にもやつあたり!ガッタン!ガチャガチャ!ピシャッー!ドサッ!食卓に座ってもムスッー。何だか思いっきり体力を使った後、また二人でババの部屋へ・・・。私はふてくされてものも言わずテレビを見つめる。ババは座って暗い顔をしたまま、横にならない。そのうち私はまたウトウト寝込んでしまった。
「
アマー・・アマー・・どうしたのかね。頭が何もわからなくなったんだけど・・・アマー・・」気が付くとまだ座っている。手も冷たい。「風邪をひいてしまうヨ、そんな格好でいたら!寒くないの?もう横になって!」「
もう・・何が何だかわからなくてねぇ・・何もわからないの・・」「とにかく横になって寝たら?。寝たら大丈夫だから・・治るから!」布団を掛ける。「
そうかねぇ〜?」横にはなったものの、ババは悲しそ〜な目をしてずっと天井を見つめていた。認知症になっても相手の感情はちゃんと伝わるっていってたっけ・・・ヒステリーな嫁はまたババを傷つけてしまった。
2006年02月18日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:0
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ババは「子供」が大好き!
認知症介護【12】
「宝物」である「子供」の命がまた奪われた。ますます不審な人物に警戒をせざるを得ない世の中になるのかなぁ。<不審人物A>であるババはますます肩身が狭くなるだろうなぁ・・・。
バスの中で、病院で、etc・・・ババは小さい子が目にとまるとすぐ声をかける。「
かわいい子ちゃんだねぇ〜!おいくつ?」脳梗塞後、ほとんどテレビに興味を示さなくなったババだが「愛子様」がテレビのスクリーンに映ると身を乗り出し、目を輝かせて見つめる。「
かわいいねぇ〜〜

!」
でもババはときおり寂しそ〜にこうつぶやく。「
近頃はおうちに年寄りがいないせいか、怖がられているみたいだヨー(-_-;)」 (子供が後ずさりするのはババが怖そうにみえるから?・・かも知れないヨ〜?どうなんだろう?)(ハハ)・・・子供好きのババの人生に「孫」という言葉はない・・・
2006年02月19日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:0
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認知症・難聴ババの「電話応対」
認知症介護【13】

2005年秋のある月曜日のことだ。お昼までには帰宅する予定だったが、遅くなってしまった。携帯電話の着信履歴には、<自宅・自宅・自宅・・>と続く。ババだ!これは電話するよりとにかく帰った方が早い!一目散に自転車を走らせた。やっとたどり着き、玄関のドアを開けた。奥から大きな声がする。
「どうなっているの?!もうおなかすいたよ!!ほんっとにいいかげんにして!!」
「ハイ、ハイ。帰ってきたヨー」
・・ん??ババは受話器を耳にあてている。あー〜また嫁にコールして留守電に叫んでいるんだ・・。私に気づいたババは
「ハイ!」と受話器を渡すと頭から湯気を出しながら台所へ去って行った。
受話器を受け取った私は電話機に戻そうとして、ふと受話器の向こうから女性の声がすることに気づいた。えっ?えっ?「もしもし?」

「あ、すみません・・こちら★★★と申しますが、大変お忙しい時間にお電話をして申し訳ありませんでした。また後日改めてお電話させていただきます・・失礼いたしました。」「ハァ??」ババ〜〜!
セールス・勧誘の電話が近頃多く、先方も一生懸命お仕事をしているんだと考えると気の弱い嫁はむげに断るわけにもいかず、応対に四苦八苦している。でもこれほど低姿勢で誤られ、さっさと電話が切れたのは初めてだ。・・あの時お電話下さった方・・ごめんなさいm(__)m
(ババはお腹がすいて「短気なババ」モードだったのデス。)
2006年02月20日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:0
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介護者の人生を活かす<携帯電話>
認知症介護【14】
<ババの人生も活かし、自分の人生も活かす>
私の介護の理想像だ。将来ババのために自分の人生を犠牲にしたなんてことは絶対に言いたくない!そして「携帯電話」はその理想像の実現のために必要な道具である。
認知症の人は日が暮れる頃になるとソワソワし、寂しがるという。ババもごたぶんにもれない。おまけにお腹がすく時間だ。ババにとっては”魔の時間帯”なのである。そんな時に一人でいることはババには耐えがたいことだ。だがババには帰ってこないアホ嫁を呼び戻すための手段がある。「電話」である。電話機の横に大きく書かれた番号をひとつひとつ確認しながらボタンを押す。嫁に縄を付け、放し飼いにしているようなものだ。必要な時はその縄を手繰り寄せる。

ある時、ババが遅くなるとしきりに電話をかけてくる状況をみて気の毒に思った友人が言った。「お母さんに電話番号を教えないようにしたら?」
心配してくれてありがとう!多い時には10回以上も着信履歴が続く。それでも応答がない時はお隣さんにお願いする。「
うまく番号がまわせていないみたいで電話がつながらないんだけど、お宅から電話をかけてもらえない?」ババは賢い・・・。そして私はそのことに感謝している。
実は「携帯電話」は私が自由に動き、楽な介護をするために欠かせないありがたい小道具なのだ。もちろんババが「電話をかけることができる」というのが大前提だが・・・。心臓の悪いババはいつ発作を起こすかわからない。それを考えると外出もままならなくなる。だがババに24時間付き添っているわけにもいかない。ストレスで私の頭が破裂してしまう。ババがこうやって電話をかけてきてくれるおかげでババの無事を確認でき、安心して遊び、働けるのだ。
2006年02月21日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:2
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家族介護 4人に1人はうつ
認知症介護【15】
今朝ももう起きている。そう、トリノ五輪観戦だ。4時半のニュースの見出しが目に飛び込む。
「家族介護 4人に1人がうつ」偶然だが昨夜食事時に夫に言われた。「おまえ、うつになっているんじゃないのか?」「おととい美容院で あれ〜誰だかわかりませんでしたって言われたヨ。そりゃーそうよネ。髪は伸びていたし、顔にブツブツはできているし、目の下にクマはできているし、白髪が目立ってきたし・・やつれてみえるわよね・・老けて見えるっていわれたワ」そう夫に話したときだ。
なにしろ洗濯物はたまっているし、けだるくて無気力だ。エネルギーがない。(トリノ睡眠不足もあと2〜3日で終わると思うが・・・)(^_^;)

さて、このニュースは心の奥に突き刺さった。
お願いーみんな楽をして〜。お願いーみんなを助けて〜!このニュースが多くの介護に携わっている人達を救ってほしいと思う。
社会の理解と協力を呼び込んでほしいと願う。誰もが通る道。介護する立場ーそして介護される立場へと変わっていくのもまた自然。肉体だけでなく、精神も疲労がたまり崩れていく前にまず理解しなければ・・・そして理解してほしい。

人の目に触れることのないところで”心の葛藤”があることを!もがいていることを!
2006年02月22日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:2
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「待てない」 ババ・「アホ嫁」の誕生
認知症介護【16】
それは皮膚科を受診した時だった。電話予約で順番をとったが、後半になってしまった。脳梗塞後、ババは
[ 待つ ]ことができない人になっている。それなのにうっかり、朝一番に病院に行くことを伝えてしまった。
さあ大変!即外出の仕度を始めた。

どれだけ気が早いかというと、例えば午前10時外出の予定でも7時30分には「
さあー!でかけるヨー!」といった具合なのだ。 やむなく、できるだけ引き延ばしながら、それでもできるだけ早く準備を済ませ(ババへのアピール)家を出た。しようがない、皮膚科で長めに待つとするか・・。
甘かった。「
ねえー、あれは何番?」現在の順番を表示している蛍光ボードを指してババが聞く。「うん、22番だよ」「
うちは何番目?」「う〜ん、もう少しだね。」「
そう・・・」人気のある皮膚科だが、結構一人の診察時間が長い。いっときしてまたババが聞く。初めて聞くかのように。「
今、何番?」「今?22番だよ」「
あと何人?」「何人だったかナ・・でもまだだよ」・・・まさか40番台だなんて言えやしない。そのやりとりを繰り返しつつ、私はない頭をしぼって話題をそらす方法をさがし続けた。
途中で思わぬ援助が入った。「長いですね〜。私も随分長いこと待っているんですよ。娘さんですか?」「いえ、嫁です」気さくそうな女性だった。その方もご自分のお母様の事をお話しになりながら、ババに話しかけた。
「お歳は?***?」ババは聞きとれない。ババに伝えた。「お歳はおいくつですか?って!しっかりしていらっしゃいますねって!」ババは笑い、そして言った。「
でも、うちは嫁がアホでねぇ〜〜取った順番もわからないみたいで・・・」それまでシ〜ンとしていた待合室だが、こらえきれなかったようだ。一度に笑い声があちらこちら・・・。ババと嫁と気さくな女性との会話は「●●さ〜ん」とババが呼ばれるまで続いた。
2006年02月23日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:4
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ババと見たフィギュア
認知症介護【17】

素敵だったなぁー!3人それぞれが演じた人生ドラマ!
表彰式で国歌が流れた時、凝縮された荒川選手のスケート人生が曲と共に流れているように聞こえた。
まるで「君が代」が彼女を讃え慰労し包み込んでいるかのように!涙が出てきてしまった。
午前4時30分、2階にいた私は1階でテレビの音がすることに気づき、降りてみた。ババはテレビをつけ、洗濯物をたたんでいた。”たたみ方”や”しまう場所”に難はあるが、たたみ直すことはしないようにしている。取り込んだ洗濯物を部屋に持っていくと、ババはいつでも「
そこにおいといて。また気が向いた時にたたむから。自分でしまえばどこにあるかわかるからね。」と言う。
終わったあとは「あーひと仕事終わった」と、とても誇らしげだ。

「今オリンピックしているんだよ。もうすぐ日本の選手が出るよ」と一緒に見ることにした。ババもじ〜とテレビを見つめ、点数はどこに出るの?とかあの人はパンツだけはいているの?とか聞きながら、安藤選手が出る頃はすっかり夢の中・・・。もしかして今日は嫁姑とも「昼夜逆転」かナ?
本当にすがすがしい朝を迎えた。とても気持ちがいい。何か違う刺激を受けることは私にとって(おそらくババにとっても)こんなに元気の出る
いいことなんだ!
2006年02月24日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:0
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ババの勝利・・・かけられたプレッシャー
認知症介護【18】
面接担当の方に履歴書を返してもらい、電車に乗った。この駅に降りたのはわずか15分前である。電車を待っていた時携帯電話が鳴った。ババだ。「
今どこ?お昼までに帰って来る?」「もうすぐ帰るよ!でもお昼じゃなくてもう夕ご飯の時間だよ!」
トリノで感激しやる気満々になった、そして2人とも昼夜逆転しそうだった昨日の午後。ババが台所と部屋を行ったり来たり落ち着かない。
台所では座って私の手元を見つめる。

「
ねぇー帰ろ!?田舎に!体もあたまも今の調子なら帰れそうだヨ」「そうだね。昨日の診察で心臓が前回より1cm位小さくなっているって言われたしね。体の調子はいいってことだよネ」と私。ババはしゃべり続ける。「
いろいろ考えたけど、1人で帰って畑仕事をすることはできてもねぇ。あんたがいないと・・どうにもならないしねぇ」「
でも連れて帰ってくれたらあんたはそのままとんぼ返りをしてもいいよ。ただ私はもうここには帰ってこれないだろうけど・・・」
「
そうだ。●●(田舎の甥)に電話をかけよー!番号を回してくれる?」ババの話しかけにテキトーな返事をしていた私は田舎に電話をかけ、ババにかわった。そしてやっと履歴書を書き終えた。ババが戻ってきた。履歴書を手にとって眺める。「
●●が”帰っておいで”だって!」「
お土産は何にしよ〜?いつ帰る?」
電車に乗って面接に向かう途中、自問自答した。仕事を詰めても大丈夫?ババに影響はない?自分が疲れない?イライラすることが出てくるんじゃないの?今だって短時間別の仕事もしている。旦那も「今はやめとけよ!」って言っていた。でも大好きな仕事だ。自分も活かしたいんじゃないの?ババが自分でも感じているように認知症が進む前に、ここが故郷だとわかるうちに連れて帰ってあげた方がいいんじゃないの?もう時間がないんじゃないの?・・・あれこれ考えている間に目的地に着いた。
履歴書を差し出した。

すぐに週間の勤務表が出され、出勤可能な時間帯を書き込むように言われた。その2〜3分後私は立ち上がり、部屋を出た。仕事をしてほしくないババの勝利の瞬間だ!
2006年02月25日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:4
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最新の辞書
認知症介護【19】
ババにとってヨシキは大切な一人息子だ。その想いは深い。もちろん夫の母親に対する想いも深いが普段の会話に遠慮はない。当たり前か・・・親子なんだから。ところがババが認知症になってから若干その会話の様子が変わってきた。
2月25日。「お昼にしよーか〜〜」ババが先に食卓についた。少し遅れて夫が2階から降りてきた。ババ「
あ、お帰り〜!今仕事から帰ってきたの?お疲れさま〜〜」「アッホ〜!今日は休みだよ、や・す・み!!」まぁ、親に向かって口の悪い・・・と思った瞬間、「
じゃ、お前はアホの息子だね〜。アハハハ〜」とババ。ヨシキ「・・・・・・」私
「(〇o〇;)」(夫は予想もしないババの切りかえしに言葉が出なかった。)

そういえばこの前もヨシキがババに「ババ、元気?」って聞いたら
「
なぁに?ジジぃー」って返してたっけ!言葉に詰まったヨシキをみてババと二人で笑った。
切りかえしも早くなったけど・・・口も悪くなったみたい・・・。ババのせりふではない!どこで覚えたんだろう?
認知症になる前のババの辞書が更新され、新しい言葉が追加されたみたいだ。「アホ」とか「バカタレ」とか「クソッタレー」とか・・・その言葉で遠慮なしに息子夫婦に不意打ちをくわせる。
2006年02月26日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:0 | コメント:2
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脳梗塞の前兆
認知症介護【20】

階下でババの声がする。昨夜のことだ。
「
アマ〜、アマ〜、もう降りてこないの?今日はどこで寝るの?下で寝ないの?」
くしゃみと鼻水が出て「風邪」か「アレルギー」か判断がつかないので、2階にいた。
「
うつっても大丈夫だよ!私は働いているわけでもないし・・・」とババ。

「でもお母さんが風邪をひいたら大変だよ!重症になるからネ!
大事な大事なお母さんだから長生きしてもらわないと〜ね〜!」歯の浮いたようなセリフを言った。実際口先で言っただけだ。そんなに深く考えているわけではない。(^┰^;)ゞ
風邪をこじらせるとババは「
ぜいぜい」が激しくなり喘息様になる。以前までババは軽い喘息を持っているのだと思っていた。ババ自身も「
うちは喘息系統だから・・・」と言っていた。時々「ぜいぜい」していたが、私達はババが脳梗塞で倒れ、精密検査をするまで「心臓が悪かった」ことを知らなかったのである。ふと「あの日」を思い出した。
脳梗塞の発作の起きた日の前夜(2003年3月18日)「呼び出しコール」の音で夫婦とも飛び起きた。階段を駆け降りると、ババが胸とその周辺の痛みを訴え、苦しんでいた。ベッドに座った状態で横になることすらできない。息が苦しそうだ。
どうしたらいい?!私達は身構えた。もう少し続くようなら「救急車」だ!
だが、ババは段々落ち着いてきた。ババがテーブルの上にあった「オロナミンC」を手に取ろうとする。呼吸すら苦しそうなのに・・と思い「飲まない方がいいんじゃない?」とそれを止めた。しばらく経ってババは横になった。「
もう大丈夫だから2人とも寝て・・・」私達は気になったものの、少し安堵して2階に上がった。
今でもこの時の対処がよかったのか悪かったのかわからない。水分をとるべきだったのか、そうでなかったのか?そしてこの時私達はまだババが心臓疾患を持っているということを知らなかった。翌日私達は家族の転機となる日を迎えるのである。
脳梗塞に関してとても参考になるおすすめサイトです【(上)見過ごしがちな前兆】 (2005/12/6 「読売新聞/医療と介護」)
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/renai/20051206ik01.htm【脳梗塞に新薬 tPA】 (2005/10/25 「読売新聞/医療と介護」)
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/saisin/20051025ik14.htm
2006年02月27日 | 脳梗塞の前兆・発作 | トラックバック:0 | コメント:0
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