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脳梗塞のリハビリ開始時期
認知症介護【31】
体験した人の言葉は非常に重みがあり、価値がある。
人生の大先輩である彼女は教えてくれた。「昔は脳卒中といえば倒れた後は安静にして、随分長いこと寝ていたのよ。でも今はできるだけ早く、倒れた翌日からでもリハビリを開始した方がいいと言われているの。」

今は常識となっているリハビリの早期開始。その症状によりすべての脳梗塞があてはまるとは言えないようだが、彼女はご主人が倒れたときに積極的に自宅で機能回復訓練を実施した。

他人が見ればスパルタにもみえる方法だったと聞く(例えば縛り付けて〜〜etc)。
麻痺があって自分で食事をすることもできなかったご主人はやがて回復していく。
職業柄、医療知識も豊富だった彼女は惜しみなくいろいろな体験を教えてくれた。その頃はまだ無縁の事柄として、私はただ聞いていただけである。それでも彼女が主張する
早期リハビリの必要性は頭の中に残っていた。
あれから10年以上の年月が経った。今は亡き彼女の言葉は迷うことなく、即、私にババの機能回復訓練を開始させた。感謝の言葉って前倒ししてたくさん言っておけばよかったナ・・・。

リハビリの開始(参考) 2004/6/15 「読売新聞/医療と介護」
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/renai/20040615sr11.htm
2006年03月10日 | 脳梗塞の早期リハビリ | トラックバック:0 | コメント:0
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早期離床・早期リハビリ開始
認知症介護【36】
2003年3月20日〜ババの左手は完全にもと通りになったわけではない。今でもたまに食べ物の入った食器の上に手を乗せていることもあれば、物をギュウッと握り締めてその手を離すように頼んでも離さなかったり(離せない)する。

左手がババの意思で動かせないことや、「何かを触っている」ということがわからないのだと感じることは時々ある。それでも急性期の頃を思えば随分回復した。
ババはいつ頃から体を動かし始めたか?入院2日目には痴呆症状らしきものがでて、ベッド上で動きまわっていた。その時点ですでに安静の状態ではなかった。またバルーンカテーテルが留置されていたものの本人は「寝たまま勝手に」を納得しなかった。私もストレスが溜まると思い、留置した状態でポータブルトイレに座らせた。勝手に流れるから意味はないのだろうが、本人は排尿を済ませたという満足感を味わい、納得した。もちろんババが「一過性脳虚血発作」だったからできたことかも知れない。このことに関しては私は「勝手に自己判断で」行った。あくまでも「安静度」については医師の指示に従うべきだろう。

さて、左手を忘れてしまったババ。ボタンを掛けることができない。退院後間をおかず訓練を始めた。左手がうまく上がらない。手を添えて左手を上げ、一緒に上着の第一ボタンから掛ける訓練を始めた。上から順番にボタンとボタン穴の順番を確かめ、ボタンをつかむこと、ボタン穴にそのボタンを押し込んで上側から取り出すこと、そこからゆっくり下に手をずらしていって第2ボタンを確かめまた同じ事を繰り返す。初めのうち、左の指は細かい動作が出来ず、ボタンをつかんでボタン穴に押し込むこともできなかった。そのため右手にボタンを迎えに行ってもらい、右手で押し込み、引っ張り出す。左手はただ添えていただけの状態だった。
なかなか簡単にはできなかった。それを根気よく、根気よく続けた。脳梗塞後40日前後でボタン掛けは50%位、ズボンは前後を間違えることなくはけるようになった。
66日目の2003年5月24日初めてババが自分で完全にボタンを掛け、ズボンも合わせて完璧な身支度ができた。時間はかかったもののボタンを掛けるという動作はできるようになった。ヨシキと2人で「
やったー!できたね〜!」・・・あの日の喜び、感動は忘れられない。やればできるようになるんだ!
その後はうまくできたりできなかったりで、掛け違いは今でも時々やっている。しかも上着のボタン穴に肌シャツのボタンをかけたりもする。それでも左手が一緒に行動してくれることは感謝だし、ここまで頑張ったババも大したもんだ。

リハビリの開始(参考) 2004/6/15 「読売新聞/医療と介護」
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/renai/20040615sr11.htm
2006年03月15日 | 脳梗塞の早期リハビリ | トラックバック:0 | コメント:0
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