天使との出会い〜
認知症介護【147】
6月、初めて担当訪問看護師が来た日
チーはペタリと畳に座りこんで動けなかった
2月、急変による主治医往診時もそう。
あの時も、チーは壁にもたれて正座したまま
ドクターと看護師をただ傍観していた
その笑顔、雰囲気に包み込まれ
張り詰めていた糸が切れた…ように
体を動かすことができなくなってしまったのだ
存在だけで人を癒し、肩の力を抜かせ、安心させてしまう
後に彼女にそのことを伝えた
話を聞いた主治医が「エンジェルちゃんだね」と言ったことも…。
彼女の返事がこれまた何と素敵なことか!
とびっきりの笑顔で、謙遜するでなく、否定するでもなく
「そう言って頂けると嬉しいです。ありがとうございます
そうなれるように、ご期待に応えられるように頑張ります。」「いや〜そんな…」とか「そんなぁ〜違いますよ」より
受け取る心地よさの何と違うことか!真似しよっ、これから…。
2011年10月26日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:- | コメント:5
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宝物
認知症介護【146】
父は 生活をかえりみず、常識離れした人で
日々を自分の好きなように気ままに過ごした
(ある意味では幸せかも知れない)
顔を突き合わせると、よく口喧嘩をした
それでも…
いつの日か、傍に寄り添い
世話をしている自分の姿をイメージしていた
ババのおかげで、女性の介護はできるようになった
でも、男性はどんなだろう?
漠然とそんなことを思い描いていた
「今は無理だけど…将来、必ず面倒を見るから心配しないで」
何度も何度も電話をかけてくる父にそう答え続けた
いつの頃からか、電話の回数が減っていった
安心して、落ち着いたのだと思った
大病を患っていたわけでもないのに(医師は熱中症だろうと診断)
7月、突然彼はこの世からいなくなった
何の為に介護を学びたいと思ったのだろう
家族が病気の時は、自我を捨て優しくなりたいと
祖母を見送った20代に思った。
その想いがベースにあり、私の人生がある
傍にいてあげられなかったこと
気付いてあげられなかったこと
何にもしてあげられなかったこと
悔いの多さに目が覚めると
「ごめんね、ごめんね」と
父に謝っている自分がいる
娘さんを亡くして、今もその話題に
触れることのできない友人がいる
声に出すことのできない苦しさ
忘れるとか、立ち直るとか
亡くなった人の為にも元気を出して生きるとか
そういうことではなく
悲しみや辛さを背負って
大切な人の姿を追い求めて
この苦しみと付き合って生きていくのだろう
家族のひとりひとりが 真珠のように尊くて
大切な宝物だと気づく
2011年08月15日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:- | コメント:2
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母娘
認知症介護【145】
「
私は、チーを”娘”だと思っているけど
チーはどう思っているんだろうねぇ…」
ある日、ヘルパーさんが教えてくれた
…ババの気持ち…
会話ができなくなったババの耳元で返す
「ババの息子は ”ヨシキ”」
「ババの娘は ”チー”」
一緒にいて都合がよくて、心地よいのは チー。
一番大切な存在は ヨシキ。わかっている
ババは―
時々、チーの実母にやきもちをやいた
息子に嫁ができた時、ババも実の母娘のように
共に行動したかったろうに…
当初は誘われても 避けがちだった。
「喧嘩をしても勝負がつかないのよ」
笑いながら話していた…ババの口癖。
不安な時は、添い寝していたチーの手をさがし
握りしめて自分の胸の上においた
「チーにしがみついていたら、大丈夫ね!」
今は自分でそれができないから、ババの手に
チーの手を握らせ、両手で包む
”頼ってくれる”事実は チーの心を虜にした
完全に信じ、頼られて、不思議な嫁姑の関係になった。
ヨシキは「異常だよ」と笑う。
嫁姑であり、母娘であり、お互いに大切な存在
もうすぐ「母の日」がやってくる
生きて傍にいてくれることに 心から感謝をこめて
「ありがとう」を伝えたい。
2011年04月23日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:- | コメント:0
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姉の死
認知症介護【144】
―大切な人がいたら―
会うこと、会って話しをすること
顔を見、声を聞き、より多くの時をそばにいてふれあうこと
それが可能な機会があれば、先延ばしにしないこと
なぜなら
大切は人はいつ手の届かない所へ逝ってしまうかわからないから…
4月8日 ババのたった一人の姉であるナツさんが亡くなった
ナツさんは、ババにとって母のようでもあり、羨望の対象でもあり、
”生きていてくれる”ことが心の支えでもあった
その夜、安定剤を使用しても 動揺、混乱し、朝まで起きていたババ。
”わけのわからない状態”と”現実”の世界を行ったり来たりしながら、ババの心は泣いていた
翌日ようやく眠りにつき、目覚めると、話しかけてきた。
「チー、夢かねぇ…? おかしな… 昨日ナツが死んだ夢をみたよ?」「お母さん…夢じゃないよ…ナツおばさん、本当に昨日亡くなったんだよ…」
― 沈黙の後、押し殺していたババの心が一気に噴きだした ―
…こんなことって…
きょうだいなのに、こんなことってあるのか?
…具合の悪いことも知らずに……
姉さんにもう一度「ユナチ」って呼ばれたかった
姉さん、もう一度会いたかった
もう一度話しがしたかった…
姉さんは優しいひとでしたよ…
もうあの世でしか会えないね…
本当に一人ぼっちになったよ…
…これも人間、皆それぞれ与えられた運命…
事実を受け止めることの苦しさ・つらさを赤くはれたババの鼻が語る
「ババは一人ぼっちじゃないよ、ヨシキも私もいるよ
我慢しなくてもいいんだよ
泣きたいときには泣いたらいいんだよ
本当にもう一度伯母さんに会いたかったね」
もう一度会わせてあげたかったよ
ついこの前 「伯母さんに電話してみようか?」とババに聞いた。でも
…電話をかけなかった…
2010年04月17日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:- | コメント:2
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現況
認知症介護【143】
2009年3月 体調を崩した後、在宅医に「これでよく入院せずにすんでますね〜」と言われた。訪問看護師さんにも「本当に(在宅で看れているのは)奇跡ですヨ!」と…。
あれから約 1年―ババの昨日の言葉 ―
チー、こんな風に何もしないで1日中過ごしていたらいけないヨ!
生活はどうするの?チーもどこかで働くようにして…!
私もどこかで年寄りの世話でもしようか…それか”掃除”の仕事でもないかねぇ…すぐ近くに小さな会社でもあるといいのに…体調が良好な時のババは、生活を維持するために一生懸命だった頃の”働きもののユナチ”になる。
マぁ、当然同じく仕事を持たず、ババのそばにいるわけだから チーも「甲斐性のない怠けもの」だ。「
もう少ししっかりして!」「
ホントにしようがないわね〜、一度くらい働いて、そのお金をみせてくれたらどうなの?」となる。
私は元気なババの言葉を ニタニタしながら横で聞いている(→これがまたお叱りの原因になるのだが)
2010年02月12日 | 認知症介護・日常_1 | トラックバック:- | コメント:0
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